今日では精神疾患に対する通念が変化してきました。
「1つか2つの神経伝達物質の活性の違いによって性格や行動まで変わる」というものです。
私は神経伝達物質の受容体を研究していることもあり、人間はそんなに単純なものではないと考えていました。
今回紹介する本「精神疾患は脳の病気か?向精神薬の科学と虚構」では現在の通念を再検証し批判しています。
この本を通して私が主張したいのは、脳の神経科学的現象と精神医学的問題や人格や行動との関係についてのこうしたあらゆる主張のもととなる証拠や議論が、とうてい納得のいくものではなく、間違っている可能性が高いということである。
(「精神疾患は脳の病気か?向精神薬の科学と虚構」はじめに より)
はじめに
日本では医者は神様のように扱われています。実のところ、医者ができることはほとんどの場合一時的に病気を抑えこむ対処療法です。科学技術は大きく進歩してきましたが、根治が可能な病気は限られています。
これらの話は信じられないと思いますが、研究者の間ではたびたび指摘されていることです。一般の方との意識のかい離がこれから問題になってくるでしょう。
この本の目次
- はじめに
- 向精神薬の発見
- 薬の作用の理論と精神疾患の生化学的原因説
- 証拠を精査する
- 証拠の解釈
- 製薬業界はいかに精神障害の薬を宣伝し化学説を推し進めたか
- 他の特別な利益団体
- 繰り返し、結論、考察
この本の流れ
研究の歴史をひも解き、なぜこのような結論になっていったのかを考察しています。精緻な検証があり、難しい話が続きます。
各項には人間の弱さや資本主義の欠点を指摘したものも存在します。
- 精神障害の診断における政治と流行
- 製薬業界 ― 「錠剤は金のなる木」
- 患者にとっては、精神障害より身体的な病気の方が受け入れやすい
糖を代謝するインシュリンがないために糖尿病が起こるように、ある化学物質(セロトニン)が十分量ないために脳が正常に機能しない
よく精神障害の薬を使うときに言われていることです。しかし、これは検証が非常に難しく、生化学的な実験の再検証の時にデータが出ないものが半数以上あることがわかっています。
インシュリンは糖尿病を改善しますし、なぜその改善が起こるのかもわかっています。それとよくわかっていないものを並列して論じるのは危険であると論じています。
受容体研究からの知見
私が研究している受容体研究からの知見をお伝えします。
神経伝達物質は非常に多く存在します。その分類の1つのモノアミン系でさえ、ドーパミン、アドレナリン、ノルアドレナリン、セロトニン、オクトパミン、チラミン、ヒスタミンなどの神経伝達物質があります。
そしてそれぞれの神経伝達物質を受容し細胞へ神経信号を伝える「受容体」が存在します。セロトニンではセロトニンに反応する15個もの受容体が存在することがわかっています。
加えて、セロトニンに反応する受容体で他の神経伝達物質にも反応するものが多く存在します。セロトニンが増えると体内のフィードバック効果でセロトニン自体を減らす作用も存在します。
現在では単一の受容体に作用する化合物はできていません。遺伝子にコードされている膨大な数の受容体を1つずつ薬理学的解析を行わないとその証明はできませんし、その上未知の受容体も存在します。加えて個体によって遺伝子にコードされている受容体の種類や数も違います。そして、エピジェネティクス(遺伝子の変化を伴わない形質)の変化も存在することがわかってきました。
誤解を恐れずざっくりというと「関係する物質や相互作用が多すぎてまだまだよくわかっていない」ということです。
そのため、「セロトニンが増えた結果その人に何が起こるのか」はわかっていません。極小の受容体上でもわかっていないことを、その集合体である人間で1つや2つの神経伝達物質で精神疾患が改善するというのは暴論です。
まとめ
今回の本は私自身の研究を否定しかねない内容でしたが非常にためになるものでした。
精神障害の化学説の魅力に抗しがたいものがあるのは、複雑で治療がきわめて困難であると考えられてきた問題に対し、比較的簡単な説明と解決法が提示されるからである。現在は、不確実であいまいなことに対し寛容でない時代だ。ずっと以前なら、非現実的であると拒否されたかもしれない提案が、現在、いともたやすく受け入れられる。大衆向けの本を書く人は、自己改善のためのアイディアや道具を人々が猛烈に欲していることをよく承知している。それが「洗濯板のような腹筋」をつくるための用具であっても、減量や人格改良をするための錠剤でもいいのである。
「人間は、考えるという真の労働を避けるためならどんなことでもする」というエジソンの言葉が普遍性を持っていると改めて感じさせられます。
私は向精神薬で良くなる人が確かにいると何度も書いたし、服用するなと勧める気は毛頭ない。
確かに効果がある人がいますが、全てをそれで片付けるには時期尚早だと筆者は言っています。プラセボ(プラシーボ)効果も確認されているので、患者が治そうとする意欲も大事なのかもしれません。
専門的になってしまいましたが、もっとわかりやすく書けるように今後も努力を続けます。
閲覧ありがとうございました。m(__)m